
2025-08-12
事業会社とセカンダリーマーケット 〜ポートフォリオの入れ替えと新たな資本提携・M&Aの機会〜
はじめに
スマートラウンド証券(※1)代表の加納です。
本連載では、これまでセカンダリーマーケットの基本知識(前編・中編・後編)、およびスタートアップから見たセカンダリーマーケット(第4弾)、VCから見たセカンダリーマーケット(第5弾)について解説してきました。第6弾となる今回は、事業会社から見たセカンダリーマーケットについて詳しく解説します。
※1:設立当初の商号は株式会社スマートラウンド戦略事業準備会社とし、第一種金融商品取引業(非上場有価証券特例仲介等業務)の登録完了後に商号変更を行う予定。
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セカンダリー取引への期待や高まり
ここ数年、事業会社によるスタートアップ投資は急速に拡大してきました。成熟企業が持続的成長を遂げるには、アイデアの源泉が限られる自前主義を脱し、無限に広がる母集団の中で有望なイノベーションを選別し獲得するオープンイノベーションが不可欠と言えます。
とはいえ、期待したシナジー効果を創出できずに投資先との協業が停滞しているケースも少なくありません。このような状況を受け、セカンダリー取引を活用したポートフォリオの入れ替えへの関心が高まっています。
加えて、2025年5月に発表された規制改革推進会議の最終答申にてM&Aにおける「のれん」の償却見直しが明記されるなど、事業会社のオープンイノベーションを取り巻く環境は急激に変化しています。
前々回(第4弾)や前回(第5弾)で解説した既存投資家の売却ニーズの高まりを踏まえると、セカンダリー取引を資本提携やM&Aの有効な手段として活用できる好機が到来していると言えるでしょう。
このように、オープンイノベーションを推進する事業会社において、セカンダリーマーケットは「売り・買い」の両面で実用的な選択肢として浮上しています。
本稿では、事業会社がセカンダリーマーケットをいかに活用すべきかについて、「ポートフォリオ整理による売却戦略」と「資本提携・M&Aを見据えた投資戦略」の2つの観点からさらに詳しく解説します。
セカンダリーマーケットを活用した事業会社のポートフォリオ整理
事業会社によるスタートアップ投資の現状
まず、事業会社によるスタートアップ投資の現状を整理しておきましょう。
多くの事業会社は、スタートアップとの協業を通じた新規事業創出や既存事業強化を目的とした「戦略投資」を行っています(なお、株式のキャピタルゲインによる大幅なリターンを狙う「純投資」目的でスタートアップに投資する事業会社も一部存在します)。戦略投資を推進する事業会社は、オープンイノベーション戦略の一環として、CVC(Corporate Venture Capital)ファンドの設立や事業会社本体からの直接投資(BS投資)を積極的に展開してきました。
事業会社を出資母体とするファンドは年々増加しており、2023年時点で累計4,875億円が運用されています(ジャフコ株式会社「JAPAN CVC REPORT 2024」)。ファンド形態を取らないBS投資も含めると、投資規模はさらに大きなものとなっていることが想定されます。

※出展「ジャフコ株式会社「JAPAN CVC REPORT 2024」
投資の成果として、スタートアップ特有のスピード感や独自の技術、柔軟な発想を取り入れながら、自社が保有する豊富なアセットを活用した新たな事業展開に成功した事例も数多く生まれています。
しかし、現実的には、投資時点で期待したシナジーの創出に時間がかかっているケースや、投資先との関係構築に課題を抱えているケースが相当数存在します。スタートアップ投資は確率論の世界であり、プロの投資家であるVCも、個別案件での失敗を前提として多数の投資を行うことで全体的な成果を目指しています。事業会社のシナジー狙いの投資も同様です。短期間での成果を求めず、一定の失敗を織り込みつつ継続的な投資活動を行うことで、最終的に大きな成功に繋がると言えるでしょう。
「塩漬け」となった投資先の入れ替え
とはいえ、投資活動の拡大に伴い、期待したシナジー効果を実現できていない保有株式も増加し、これらに対するモニタリング工数が投資部門の運営負荷となるケースも見受けられます。加えて、上場企業では資本効率向上の観点から政策保有株の売却圧力が高まっており、財務部門からシナジー効果の乏しい保有株式の整理を求められるケースも増加しています。
こうした背景から、スタートアップ投資を積極展開してきた事業会社が「X年以内に保有株式を整理し、シナジーが生み出せていない株式を売却する」経営方針を掲げ、売却を進める動きが広がりつつあります。
従来の日本ではIPO以外でのスタートアップ株式売却手段が限られており、「塩漬け」状態が長期化する大きな要因となっていました。しかし、これまでの連載で解説したとおり、2025年以降に整備される日本の未上場株式セカンダリーマーケットにより、事業会社はセカンダリー取引を活用してより柔軟に保有株式を投資・売却することが可能となります。
例えば、投資先10社の場合シナジーが出ている2社を残して8社を売却し、その原資をもとに新たに8社に投資してシナジーを産んだ2社を残して残り6社を売却...といったように、ポートフォリオを機動的に入れ替えることでシナジーの出る会社を積み上げていくことが可能となるかもしれません(とはいえ、十分なシナジー創出期間を経ずに安易に売却することは、投資先に過度な負担を強いるため避けるべきです)。
このように、セカンダリー取引を活用したポートフォリオの入れ替えを戦略的に設計することで、従来のBS投資の「塩漬け」問題が解消され、資金効率の高いオープンイノベーションを実現することが可能となります。
セカンダリーマーケットを活用した資本提携・M&A
また、事業会社の投資機会としても、セカンダリーマーケットは注目を集めています。特に「セカンダリー投資→M&A」という段階的な投資戦略への関心が高まっています。
「のれん」の会計処理の見直し
2025年3月に開催された「第4回 スタートアップ・イノベーション促進ワーキング・グループ」での議論を踏まえ(資料)、同年5月末に発表された政府の規制改革推進会議最終答申(資料)では、M&Aにおける「のれん」の会計処理の見直しを進める旨が明記されました。今後、企業会計基準委員会(ASBJ)にて具体的な検討が進められる予定です。
会計処理の見直しが実現すると、純資産の少ないスタートアップのM&Aにおいて大きな負担となっていた「のれん」の償却負担が軽減され、PLインパクトを懸念してM&Aに慎重だった事業会社にとって、スタートアップM&Aがより魅力的な選択肢となることが期待されます。
「セカンダリー投資→M&A」の段階的な投資戦略
こうした制度的な追い風と、これまで解説したVCや事業会社からの売却ニーズの増加を背景に、段階的な投資戦略が有効なアプローチとして注目されています。

<第1段階:セカンダリー取引によるマイノリティ出資>
まず、VCや他の事業会社が保有するマイノリティ持分をセカンダリー取引で取得します。
投資検討時には、売主の売却背景や既存株主構成、株主間契約等を詳細に調査し、将来的なM&A実行における阻害要因の有無を見極めることが重要です。同時に、期待するシナジー効果と実現に向けたロードマップについて、投資先との事前合意を確実に取り付けることが成功の前提条件となります。
<第2段階:シナジーの見極め>
投資実行後は、実際の協業を通じてシナジーの実現可能性を検証します。定期的なレビューや合同プロジェクトの推進により、想定していたシナジー効果が実際に創出できるかを見極めます。また、投資先の事業状況や組織を正確に把握することも、今後のM&A実行判断において重要な要素となります。
<第3段階:M&A>
想定通りのシナジー効果が確認できた場合、M&Aの本格検討に移行します。既に株主として投資先の事業内容や組織文化を深く理解しているため、より精度の高いM&A判断が可能となり、PMI(Post Merger Integration)に伴うリスクも大幅に軽減できます。
一方、一定期間内に期待したシナジー効果を実現できない場合は、投資先と今後の対応について協議を行います。長期間にわたって明確な進展が見られない場合には、セカンダリー取引による売却も検討すべき選択肢となります。
セカンダリー取引活用の意義
もちろん、このような段階的アプローチはプライマリー取引でも実現可能です。しかし、セカンダリー取引を活用することで以下のメリットが期待できます。
<ミドル・レイターフェーズのスタートアップとの接点創出>
従来のCVCやBS投資によるプライマリー取引では、専任のキャピタリストがスタートアップエコシステムに深く入り込み、共同投資候補のVCとの関係構築や投資先との面談を重ねて投資を積み重ねてきました。
しかし、スタートアップのフェーズ別分布およびフェーズごとの資金需要を踏まえると、PMF(Product Market Fit)やユニットエコノミクス確立前のスタートアップの接点が大半とならざるをえず、事業会社として即座に協業を期待できるスタートアップとの出会いは多くはありません。
もちろんこうした接点が将来的な協業機会を創出する可能性はあるものの、投資効率の観点では課題があるのが実情です。
これに対し、セカンダリーマーケットでの売却対象となるスタートアップは多様であるものの、設立から相応の年数を経たミドル・レイターフェーズのスタートアップが多く含まれます。これらの企業は既に事業モデルが確立し、組織体制も一定程度整備されているため、事業会社にとっては早期のシナジー実現が期待できる魅力的な投資対象となります。
<資金需要が乏しい場合でも投資が可能に>
また、プライマリー取引では、投資先に資金需要がない場合に出資機会を得られないという制約があります。
ミドル・レイターフェーズのスタートアップは黒字化を達成しているケースも多く、積極的な資金調達を望んでいない場合、出資は困難となります。加えて、スタートアップの一般的な資金調達サイクルは1年〜1.5年であるため、直近で資金調達を完了した企業への投資は相当期間待つ必要があります。
さらに、次回ラウンドまで待機している間にバリュエーションが上昇するリスクも存在します。
これに対し、セカンダリー取引は既存株主の売却ニーズを起点とするため、投資先の資金ニーズに依存することなく投資機会を獲得できる点が大きな特徴といえます。ミドル・レイターフェーズのスタートアップにおける売却ニーズを適切に捉えることができれば、迅速に協業関係に入ることも可能です。
オープンイノベーション促進税制の適用
さらに、セカンダリー取引は今後税制面でも優遇される可能性があります。
2025年8月30日付の日本経済新聞によると、経済産業省は大企業によるスタートアップへの投資を促進するため、「オープンイノベーション促進税制」の適用範囲拡大を検討していることが報じられました。現在この税制はプライマリー取引やM&Aのみを対象としていますが、新たにセカンダリー取引なども適用対象に含め、取得価額の25%を課税所得から控除する仕組みを検討しているとされています。
日本経済新聞「未公開スタートアップへの出資、50%以下も税優遇案 経産省」2025年8月30日
この税制拡充が実現すれば、大企業にとってセカンダリー取引の経済的メリットが大幅に向上し、未上場株式セカンダリーマーケットの活性化が見込まれます。今後の動向に注目です。
セカンダリーマーケットを活用した売却・投資の注意点
このように「売り・買い」双方で重要な選択肢として浮上しているセカンダリーマーケットですが、いくつかの重要な注意点があります。本稿では、その中でも特に重要な2つのポイントを取り上げます。
<ソーシングの難しさ>
VCや事業会社のセカンダリー売却案件の多くは水面下で進行するため、従来のプライマリー取引と同様のアプローチでは投資機会を獲得することは困難です。発行体やVCとの関係性構築は依然として重要ですが、スタートアップや投資家との豊富なネットワークを有し、スタートアップのセカンダリー案件に精通した仲介者などの活用が有効な選択肢となります。
<スタートアップ特有の権利関係への対応>
セカンダリー取引の実現には、発行体による譲渡承認の取得に加え、先買権(ROFR:Right of First Refusal)や共同売却権(タグ・アロング)など、スタートアップ特有の複雑な権利関係を処理する必要があります。こうした権利関係に適切に対応できないと、売り手との合意形成に至っても、最終的に取引が破談となるリスクがあります。
特に近年、中小企業M&Aや事業承継を主要領域としてきたM&A仲介業者がスタートアップ分野に参入するケースが増加していますが、こうした難しい権利関係を含むスタートアップ特有の実務に対する専門性を有しているかは慎重な見極めが必要です。適切な専門知識を有するアドバイザーの活用が成功の鍵となります。
まとめ
事業会社にとって、未上場株式のセカンダリーマーケットは従来のオープンイノベーションに新たな選択肢をもたらします。
売却面では、期待したシナジー効果を実現できていない「塩漬け」株式をセカンダリー取引を通じて整理することで、ポートフォリオの最適化と新たな投資原資の確保が可能となります。これまでIPO以外の売却手段が限られていた日本においても、セカンダリーマーケットを活用することで、機動的なポートフォリオの入れ替えを通じた効率的なオープンイノベーションの推進が期待できます。
投資面では、「セカンダリー取引→M&A」という段階的アプローチにより、事業が確立したミドル・レイターフェーズのスタートアップとの接点創出が容易になります。特に、VCを中心とする売却ニーズの高まり、M&Aにおける「のれん」の均等償却の見直しなどのトレンドを踏まえた、リスクを抑えたM&Aの実現が期待できます。
ただし、セカンダリー取引の成功には、水面下で進行する案件のソーシング力と、スタートアップ特有の複雑な権利関係への対応力が不可欠です。適切な専門知識を有する仲介者やアドバイザーとの連携が重要となります。
次回の連載では、グロースエクイティやクロスオーバーファンドなど、ミドル・レイターフェーズの資金供給を支える新たな投資プレイヤーと、セカンダリーマーケットの関係について解説する予定です。
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