
2026-03-02
新時代の資本政策〜東証グロース市場改革後のスタートアップ成長戦略〜
はじめに
スマートラウンド証券(※)代表の加納です。
前回は2025年のIPOやM&Aを含めたエグジット環境を総括し、2026年の展望について解説しました。今回は、前回のエグジット環境総括を踏まえて、いま足元で生まれつつある「新時代の資本政策」について展望を述べます。
なお本稿は、2025年1月27日に開催されたTechGALAのセッション「KNOWLEDGE VENUE:資本政策のニューウェーブ―IPO100億円時代の突破口―」の前半パートで解説した内容をベースとしつつ、大幅に加筆しています。
▼本記事がX(旧Twitter)でスタートアップのCEO・CFO、グロースエクイティ投資家、会計士など幅広い方々から大きな反響をいただいています!
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※設立当初の商号は株式会社スマートラウンド戦略事業準備会社とし、第一種金融商品取引業(非上場有価証券特例仲介等業務)の登録完了後に商号変更を行う予定。
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スタートアップの成長シナリオの変化
まず、東証グロース市場改革後の「新時代」の資本政策を議論する前提として、東証グロース市場改革前後でスタートアップの成長シナリオがどのように変化したかを整理します。
この変化を簡潔に図式化すると、以下の通りです。
※あくまでも一般論であり、個社の状況やセクターによって成長シナリオは異なる点はご留意ください

<IPOの大型化と、IPOまでの期間の長期化(①’)>
東証グロース市場の上場維持基準の見直しが市場関係者に波及したことで、足元でIPOの「大型化」は進行しています。重要なのは、2025年後半の時点で、この大型化のトレンドは既に顕在化しつつあったという点です。
2026年1月26日に開催された「EDiXベンチャーCFOセミナー ―2025年IPO振り返りと資本政策動向―」では、2025年のIPO環境について以下のデータが公表されました。

※EDiX Professional Group様の許諾を得て掲載
上場時時価総額100億円以下のIPO比率
2025年1〜9月:64% → 2025年10〜12月:32%
上場時時価総額300億円以上のIPO比率
2025年1〜9月:0% → 2025年10〜12月:27%
2025年10〜12月のIPO数は母数が限定的である点に留意が必要ですが、大型化のトレンドを裏付けるデータといえます。
もう一つの重要な変化が「長期化」です。
上記セミナーでは、大型IPOの増加に伴い、上場期の売上高や経常利益の水準も上昇しています。

※EDiX Professional Group様の許諾を得て掲載
上昇後の業績水準に到達するには、多くのケースにおいてミドル・レイター期に相応の成長投資が必要となります。そのための資金調達を行い、調達後に成長投資を実行し、投資効果が業績に十分に現れるまでには、相応の期間を要することとなります。
こうしたIPOの「大型化」と「長期化」が、後述する「新時代の資本政策」の重要な前提となります。
<M&A(②’)>
他方、全てのスタートアップが新たなIPOシナリオ(①')を目指すべきとは限りません。市場環境や事業特性、組織体制や創業者の志向によっては、M&Aエグジットを選択することが妥当なケースもあるでしょう。
M&Aエグジットの検討にあたって認識しておくべきは、少なくとも2026年現在においては、IPOとM&Aの間に現実的な「分岐点」が存在するという点です。
昨年、IPOとM&Aを並行して検討する「デュアルトラック」が話題となりました。しかし後述する通り、バリュエーションやエクイティによる累計調達額が高くなりすぎると、M&Aエグジットの実現が構造的に難しくなります。そのため、フェーズが進むにつれてデュアルトラックを継続する余地は狭まっていきます。
こうした構造を踏まえると、一定の事業規模に達したタイミング(一般的にはシリーズA〜B前後)で、「IPOトラック(①')」か「M&Aトラック(②')」かを選択する必要性が高まるといえるでしょう。
※スイングバイIPOなど、上記の類型に当てはまらない成長シナリオも存在しますが、本稿では割愛します
新時代の資本政策
こうした成長シナリオの変化を受けて、スタートアップの資本政策にも変化が生まれつつあります。以下、IPOトラックとM&Aトラックに分けて解説します。
<IPOトラック(①’)>

1. グロースエクイティ・クロスオーバー投資家からの成長資金調達
高くなったIPO時の時価総額や業績水準のバーを超え、上場後も継続的に企業価値を向上するためには、今まで以上にミドル・レイター期の成長資金の確保が不可欠です。その供給主体であるグロースエクイティやクロスオーバー投資家からの資金調達は、今後ますます重要となります。
2025年にも数々の有力スタートアップがこうした投資家からの資金調達を果たしましたが、2026年以降もこのトレンドは一段と加速するでしょう。
他方、こうしたグロースエクイティやクロスオーバー投資家は、機関投資家やPE・ヘッジファンドなどを母体とすることから「上場株の目線」に基づいて投資先を評価します。それゆえ、これまでビジョンや市場規模などポテンシャル面で勝負して調達を実現してきたスタートアップにとっては、調達が容易ではないこともあります。
しかし、こうした投資家のディシプリン(規律)は、上場後の継続的な企業価値向上を果たすうえでスタートアップを「磨き上げる」効果があることも事実です。IPOトラックに進むスタートアップには、こうしたディシプリンを受け止める覚悟と、相応に成熟した事業・組織基盤を必要とします。
※グロースエクイティやクロスオーバー投資家の詳細はこちら
新たな投資プレイヤーとセカンダリーマーケット 〜グロースエクイティやクロスオーバー投資家などの動向〜
2. セカンダリーによる既存株主のエグジット需要への対応
上場までの期間が長期化することで、既存株主(特にシード・アーリー期のVC)のエグジット需要がますます高まります。少なくとも2026年時点において、日本のVCの中にはファンド満期の延長や継続ファンド組成(GP主導セカンダリー)などの対応が難しいファンドも少なくないことから、新時代の資本政策においては既存株主のエグジット対応が避けては通れない課題として浮上します。
こうしたエグジット需要に対応するため、本連載で解説してきたセカンダリー取引の活用は不可欠です。また、上述の成長資金調達と組み合わせた「ミックスディール」も選択肢として有効です。
加えて、株式報酬戦略の見直しも求められます。かつて一定のリターンを生み出してきた「上場後の行使」を前提としたストックオプションは、上場までの期間が長期化するなかではインセンティブとして十分に機能しなくなります。それゆえ「上場前行使を前提とする税制適格ストックオプション」と「上場前のセカンダリー売却(テンダーオファー)」を組み合わせた設計が重要となります。
かつては既存株主のエグジット需要が早すぎるIPOにつながっていたことも、否定できない事実です。セカンダリー取引を通じて既存株主のエグジット需要に応えることで、(あくまでも比喩ですが)ベストなIPOに向けて「時間を買う」ことができるとも言えるでしょう。
※ミックスディールやテンダーオファーの詳細はこちら
スタートアップとセカンダリーマーケット 〜経営者・人事・バックオフィスが持つべき視点〜
3. オーガニック・インオーガニックの大胆な成長投資
グロースエクイティ・クロスオーバー投資家等から「資金」を調達し、さらにセカンダリー取引で「時間」を確保したうえで、大胆な成長投資を行う必要があります。一例としては以下の通りです。
AIトレンドが追い風となる新規事業の創出
他スタートアップや中堅企業の買収
グローバル展開
IPOまでの期間が長期化することは、裏を返せば、上場プロセスにおける新規事業やM&Aの制約を受けずに、大胆な成長投資を実行できる期間が確保されることでもあります。IPOを見据えた経営の規律を保ちつつも、上場企業では踏み切りにくい挑戦に取り組める貴重な時間といえるでしょう。また、こうした大胆な成長投資は、新たに株主となったグロースエクイティやクロスオーバー投資家からも期待されるケースが多いといえます。
4. ベストなIPOの追求(オファリングスキーム・タイミング)
東証グロース市場改革以降は、今まで以上に「ベストなIPO」を追求することが求められます。大胆な成長投資の結果、十分なトラクションが生まれていれば、従来の成長シナリオにおけるIPOよりも高い市場評価を得たうえで良いオファリングスキームを構築し、主幹事証券や機関投資家と交渉することが可能となるはずです。
また、セカンダリー取引を通じて既存株主のエグジット需要を低下させたうえでIPOを迎えることができれば、IPO時の売出比率を下げ、これまでスタートアップの上場後の株価形成の障壁となっていたオーバーハング懸念を払拭することができるでしょう。
さらに大事なのが「タイミング」です。IPOは市況の環境を大きく受けるイベントであり、同一条件でもタイミングによってリターンは大きく変動します。IPOを急がなくてもよい状態を作り上げたうえで、市場の機会を捕らえてベストタイミングでIPOを実現することが、公募や売り出しの成果を最大化することにつながります。
<M&Aトラック(②’)>

1. エクイティ調達のコントロール
M&Aエグジットを視野に入れる場合、バリュエーションとエクイティ資金調達累計金額の「上げすぎ」には注意が必要です。
最終ラウンドのバリュエーションとM&A交渉で提示される現実的なバリュエーションとの差分が大きい場合、これまでIPOリターンを期待して投資してきた既存株主との交渉は難化します。また、M&Aのリターンに大きな影響を与える残余財産分配権の観点でも、エクイティ資金調達累計額が大きいほど初期投資家のリターンは減少し、合意形成のハードルが上がります。何より、創業者にとっても納得しがたいM&Aディールとなる可能性が高まります。
※資金調達累計金額だけではなく、残余財産分配権の諸条件(参加型/非参加型・パリパスなど)によってもリターンは変動しますが、本稿では割愛します
もちろん、バリュエーションやエクイティ資金調達累計金額が高くても、高額のM&Aオファーであれば創業者や初期投資家を含めて十分なリターンを創出することは可能です。前回の連載「2025年のエグジット環境総括と2026年の展望」でご紹介した通り、実際に100億円を超える規模のメガディールも出てきています。他方、少なくとも2026年2月時点において、(あくまでも公表されているディールデータの範囲内ですが)M&Aの譲渡代金は一定の価格レンジ内に集中している傾向が見受けられることから、このレンジを超えたM&Aディールは容易ではない可能性がある点には留意が必要でしょう。
こうした点を踏まえると、デットによる資金調達を活用することで、エクイティ資金調達累計金額とバリュエーションの上昇を抑えることも重要な戦略となります。なお、デットもM&Aディールにおいて株式価値を減少させる要因とはなります。しかし、エクイティ調達に伴うバリュエーション上昇や残余財産分配への影響と比較すれば、M&Aの成約確度を高めやすい選択肢といえるでしょう。
2. M&Aエグジット(セカンダリーを活用した段階的M&A含む)
エクイティ調達をコントロールして創業者や既存株主にリターンが生まれやすい環境を構築したうえで、M&Aエグジットに向けて買い手との交渉に臨むことになります。M&Aエグジットの進め方については既に他媒体などでさまざまな解説がなされているため、本稿では詳細は割愛します。
また、最初からマジョリティ売却を目指すのではなく、一部株式のセカンダリー売却を経てマジョリティ売却に進む「段階的M&A」は、既存株主のエグジット需要に応えつつもベストなM&Aに向けたプロセスを進める有効な手段です。前回の連載でも解説した通り、オープンイノベーション促進税制の改正案では、セカンダリーによる段階的な株式取得を経てマジョリティを取得する場合も、所得控除の対象とされています。買い手となる事業会社にとってのインセンティブが拡充されたことで、段階的M&Aを後押しする環境が整いつつあります。
おわりに
2026年に入り、新たな資本政策はすでに動き出しています。グロースエクイティからの大型調達、戦略的なミックスディールの増加、スタートアップが買い手となるM&Aの活発化など、成長シナリオの変化に即した挑戦が次々と生まれています。
本稿で解説した新たな資本政策が広がることで、数年後には上場時時価総額が大幅に高まり、上場後も継続的な事業成長と企業価値向上を実現するスタートアップは確実に増えるでしょう。これにより、VCなどの投資家やストックオプションを保有する役職員のリターンも向上し、さらなる成長資金と優秀な人材がスタートアップに振り向けられる好循環が生まれる可能性は十分にあります。
市場環境の変化やAIの加速度的な進化を受けて、日本のスタートアップエコシステムには悲観論が漂いがちな昨今です。こうしたなかでも、スタートアップが日本経済の再成長を牽引する未来の実現に向け、スマートラウンドおよびスマートラウンド証券は、新たな資本政策のサポートを続けて参ります。
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