
2025-05-19
未上場株式セカンダリーマーケット概論(前編)〜セカンダリーの基礎(定義や種類など)〜
はじめに
スマートラウンド証券(※1)代表の加納です。
2025年5月、未上場有価証券のセカンダリー取引の活性化に向けた規制緩和等が盛り込まれた改正金融商品取引法が施行されました。この法改正は、日本のスタートアップエコシステムの長年の課題だった未上場株式の流動性不足を解消する、重要な転換点となる可能性があります。
近年、未上場株式のセカンダリーマーケットはグローバルで急速に成長し、市場規模は1,200億ドル(約18兆6,000億円)規模に達する見込みです(※2)。一方、日本では未だに整備されたセカンダリーマーケットが存在せず、セカンダリーの全体像を把握することも困難であるのが現状です。
※1:設立当初の商号は株式会社スマートラウンド戦略事業準備会社とし、第一種金融商品取引業(非上場有価証券特例仲介等業務)の登録完了後に商号変更を行う予定。
※2:Industry Ventures.”2023 – 2025E: How Big Is The Secondary Market for Venture Capital?” (2025, January 16).
本連載の目的は、2025年の改正金商法の施行を踏まえ、日本で今後整備されていくセカンダリーマーケットについて、スタートアップエコシステムの関係者(起業家やCFO、投資家など)に基本的な知識を広く伝えることにあります。金融や法務・税務に関する専門用語も登場しますが、できるだけ平易な言葉で説明していきます。
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それでは、未上場株式セカンダリーマーケットの基本から解説していきましょう。
セカンダリー取引の定義
まず、セカンダリーマーケットを理解するうえで、「プライマリー取引」と「セカンダリー取引」の違いを明確にしておきましょう。
プライマリー取引とは、企業(株式会社)が新たに株式を発行して投資家から資金調達を行う取引を指します。株式による資金調達、あるいは増資と呼ばれるものです。調達した資金は企業に流入し、事業成長に活用されます。
これに対し、セカンダリー取引とは、既に発行済みの株式を保有する株主が、他の投資家に株式を譲渡する取引を指します。この場合、資金は売却した株主に入り、企業には流れません。
多くの上場前のスタートアップでは、プライマリー取引(資金調達)をシードからレイターステージまで複数回行うのが一般的であり、スタートアップの起業家や投資家にとって馴染み深いものです。
一方、セカンダリー取引は、ある程度成長した企業において、投資家や創業者、役職員の株式売却ニーズが高まることから、特にミドルステージ以降で重要性が増します。
このセカンダリー取引は、VCや役職員などに発行した株式(ストックオプションを行使して得られた株式を含む)を、IPOやM&Aの前に現金化する機会を提供するものです。特に、株主構成が複雑化するミドルステージ以降の起業家やCxOにとって、セカンダリー取引の知識は必須と言えます。また、シード・アーリーステージの方々にとっても、長期的な資本政策を考えるうえで重要なテーマです。
プライマリー取引 | セカンダリー取引 | |
|---|---|---|
定義 | 企業が新たに株式を発行して投資家から資金調達を行う取引 | 既に発行済みの株式を保有する株主が、他の投資家に株式を譲渡する取引 |
目的 | 事業成長に向けた企業の資金調達 | 既存株主の株式の現金化 |
資金の流れ | 投資家[買い手]→企業 | 投資家[買い手]→既存株主[売り手] |
株式の流れ | 企業→投資家[買い手] | 既存株主[売り手]→投資家[買い手] |
企業への資金流入 | あり | なし |
セカンダリー取引の種別
一口に「セカンダリー取引」と言っても、実際にはいくつかの種類があります。
1. ダイレクトセカンダリー
ダイレクトセカンダリーとは、スタートアップの発行済み株式を直接取引する形態です。株主(創業者、従業員、初期投資家など)が保有する株式を、他の投資家に直接売却する取引を指します。ダイレクトセカンダリーは、主に以下の2つの取引形態に分類されます。
① テンダーオファー
一定期間内にあらかじめ設定された価格で、既存株主に対して株式を売却する機会を提供する、スタートアップ(発行体)主導の流動化プログラムです。まだ日本ではあまり知名度がありませんが、グローバルではStripeやbytedance、SpaceX、Databricksなどの有名なスタートアップの多くが、主に役職員などに対して売却機会を提供しています。
後述するブロックトレードと異なり、発行体が主体となって売却価格や数量、参加できる株主の条件などを決定する点に特徴があります。米国の場合、米国証券取引委員会(SEC)が定めた応募期間や開示書類などのルールに従って進める必要があります。
② ブロックトレード
主に大口の株主(VCや事業会社等)が、自ら買い手を探して保有株式を一括売却する取引です。発行体も譲渡承認などで関与するものの、買い手の探索や条件交渉は主に売り手が主体となって行い、そのコストを負担する点に特徴があります。
売り手のニーズに応じて柔軟に売却価格や数量その他の条件を決定できますが、他の株主が有する先買権(ROFR)や共同売却権(タグアロング)の考慮が必要です(詳細は今後の連載で解説します)。
2. GP主導セカンダリー
GP(General Partner:VCファンドの運営責任を有する無限責任組合員)が主導するセカンダリー取引です。GPが既存のファンドから一部のスタートアップの保有株式を切り出し、新しいファンド(継続ファンド)に移管する取引形態です。
VCファンドには通常10年程度の満期があり、満期が近づくとGPは保有証券を現金化する必要があります。しかし、一部の投資先スタートアップはまだ大きな成長の可能性を秘めており、無理に売却することが合理的でない場合があります。このような場合に、GPはその企業の株式等を新しいファンドに移すためのセカンダリー取引を行います。これがGP主導セカンダリーです。
GP主導セカンダリーはファンドのリターンを最大化するために有益ですが、GPが売り手(既存ファンド)と買い手(継続ファンド)両方の立場を有するため、構造的な利益相反が生じる可能性があります。
このため、GP主導セカンダリーを実行するには、売り手側と買い手側の両方のLP投資家(VCファンドへの出資者)から同意を得る必要があります。LP投資家の投資方針や規制上の制約によっては、こうした取引が実現できないケースもあります。
なお、GP主導セカンダリーの国内事例についてはフェムトパートナーズの記事が詳しいので、ご関心ある方はこちらもお読みください。
https://note.femto.vc/n/n6012681185e2?after_purchase=true&scrollpos=paywall
3. LP主導セカンダリー
LP(Limited Partner:VCファンドに投資する有限責任組合員)が主導するセカンダリー取引です。LP投資家が保有するファンド持分の一部または全部を、他のLP投資家に売却する形態です。
投資先スタートアップの株式自体ではなく、VCファンドへの出資持分そのものが取引されるのが特徴です。LP投資家が早期に資金を回収したい場合や、ポートフォリオのリバランスを行いたい場合などに利用されます。通常、VCファンドの純資産価値(NAV)に対して一定のディスカウントを適用した価格で取引されるため、購入側の投資家にとっても魅力的なリターンの機会となります。
グローバルではLP主導セカンダリー取引が急速に拡大しており、未上場株式(プライベートエクイティ)だけでなく、デット(債権)、不動産、インフラなど幅広いアセットクラスのファンド持分が活発に取引されています。
取引を主導する主体 | 取引対象 | ポイント | |
|---|---|---|---|
1.ダイレクトセカンダリー | 企業 | 企業の株式 | ・発行体が主導して諸条件を決定する |
1.ダイレクトセカンダリー | 既存株主 | 企業の株式 | ・主に大口株主(VCや事業会社等)による一括売却 |
2.GP主導セカンダリー | ファンドのGP | 企業の株式 | ・既存ファンドの株式等を継続ファンドに移管 |
3.LP主導セカンダリー | ファンドのLP | ファンド持分 | ・LPが主導し、保有するファンド持分を売却 |
※本連載では、主にダイレクトセカンダリーを中心に解説します。特に断りがない限り、「セカンダリー取引」とはダイレクトセカンダリーを指すものとします。他の種類のセカンダリー取引に言及する際は、それぞれ「GP主導セカンダリー」「LP主導セカンダリー」と明記します
未上場株式セカンダリーマーケットの定義
広義のセカンダリーマーケットとは、発行済みの有価証券が売買される市場全体を指します。東京証券取引所が運営するプライム市場やグロース市場など、上場株式の取引所も広義のセカンダリーマーケットに含まれますが、本連載では特に未上場株式のセカンダリーマーケットにフォーカスします。
未上場株式セカンダリーマーケットとは、未上場企業の発行済株式が売買される「場」のことを指します。
ただし、上場株式市場のように誰もが自由に参加できる取引所ではなく、特に今の日本においては相対取引を中心とした水面下の分散的な市場であることには留意が必要です。また、取引の実行には発行体の譲渡承認など、会社法や投資契約等による様々な制約が存在します。
未上場株式セカンダリーマーケットの参加者としては、以下のようなプレイヤーが存在します。
株式の売却主体:創業者、役職員、VC、エンジェル投資家など
株式の購入主体:VC、PE、事業会社、金融機関、機関投資家など
取引の仲介主体:証券会社、プラットフォーム事業者など
未上場株式セカンダリーマーケットにおける取引制度や、各プレイヤーの詳細な役割については、今後の連載で詳しく解説していきます。
未上場株式セカンダリーマーケットが果たす機能
未上場株式セカンダリーマーケットは、スタートアップエコシステムにおいて以下の重要な役割を果たします:
1. スタートアップが未上場の状態で急成長することを促進する機能
スタートアップの創業からIPOまでの期間は、グローバルでは従来の7年程度から2024年には14年へと大幅に長期化しています。日本においても東証グロース市場の上場基準の見直しが進行中であり、IPOまでの期間は長期化することが見込まれます。
しかし、主要なVCは通常10年程度の満期を持つファンドで運用しており、その満期が近づくと投資先のIPOやM&Aの実現に関わらず、保有株式を売却する必要があります。セカンダリーマーケットが整備されていない状況ではセカンダリー取引で簡単に売却できません。
これにより、満期が迫ったVCなどに株式の売却機会を提供するため、本来ならばまだ未上場の状態で成長すべきスタートアップが無理にIPOを進める事例も発生しており、これが上場にかかるコストや制約によってIPO後の成長が阻害される「スモールIPO問題」の要因の一つとなっています。なお、これはVCファンドによる投資回収の取り組みを否定するものではなく、VCファンドと投資先企業の双方にとって最適な選択肢が限られている、日本のスタートアップエコシステムにおける構造的な課題といえます。
整備されたセカンダリーマーケットがあれば、VCファンドは適切な条件で株式を売却でき、スタートアップは時期尚早なIPOを回避しつつ、継続的な成長を支援できる新たな投資家を株主として迎えることが可能になります。さらに、未上場株式の流動性向上は新たな投資家層の参入を促し、プライマリー取引も活性化することが期待されます。プライマリーとセカンダリーが両輪となり、スタートアップは株主構成を機動的に入れ替えつつ、制約が少ない未上場のままで長期的に急成長を維持できるようになります。

2.創業者や役職員の保有株式等の現金化を通じた、さらなるリスクテイクと人材流入の促進
スタートアップの創業者は多くの株式を有しており、度重なる資金調達で株価も上昇しています。しかし、売却手段がなければ未実現利益に過ぎず、現金化することはできません。
創業者は会社が黒字化するまで役員報酬を抑える傾向にあるため、一見成功している急成長企業の創業者が、実際には住宅ローンや教育費の負担に悩み、経済的に苦しい状況にあることも珍しくありません。
また、スタートアップの役職員の多くは、ストックオプション(SO)などの株式報酬を保有していますが、これらの資産を現金化する手段は限られています。SOとは将来一定価格で自社株式を購入できる権利ですが、実務上の制約が大きく、最近ようやくIPO前に行使できる設計が可能になったばかりです。そのため、実際に売却可能な行使後の普通株式を保有している役職員はまだ少数にとどまっています。なお、誤解されがちですが、一部の例外を除いて新株予約権自体を直接売買することはできません。
インセンティブとして付与されているSOも、売却できなければその実質的価値は限られ、優秀な人材が保有する多くのSOが紙くずとなってしまうでしょう。
セカンダリーマーケットを通じて保有株式を現金化できれば、創業者の経済的不安を解消し、長期的視点での成長戦略とリスクテイクを促進することができます。また、役職員にとってもSOの実質的価値が高まり、スタートアップへの参画インセンティブが増大することで、優秀な人材の確保と定着に寄与します。

以上がセカンダリーマーケット概論の前編です。
中編では日本のセカンダリー取引で利用できる制度、後編ではセカンダリーマーケットの主要プレイヤーについて解説します。
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