2025-07-11

      スタートアップとセカンダリーマーケット 〜経営者・人事・バックオフィスが持つべき視点〜

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      はじめに

      スマートラウンド証券(※1)代表の加納です。

      本連載は、スタートアップエコシステムの関係者(起業家やCFO、投資家など)に、未上場株式のセカンダリーマーケットについて基本的な知識を広く伝えることを目的としています。

      これまでの連載では、未上場株式セカンダリー取引の定義や種類(前編)、法規制の枠組み(中編)、セカンダリーマーケットの主な担い手(後編)について解説してきました。

      本稿以降では、後編で簡単に紹介したセカンダリーマーケットの担い手にフォーカスし、それぞれの当事者の視点で詳しく解説していきます。第4弾となる今回は、スタートアップがセカンダリーマーケットをいかに戦略的に活用するべきかについて詳しく解説します。

      ※1:設立当初の商号は株式会社スマートラウンド戦略事業準備会社とし、第一種金融商品取引業(非上場有価証券特例仲介等業務)の登録完了後に商号変更を行う予定。


      ■連載一覧

      1. セカンダリーマーケット概論(前編中編後編

      2. 起業家から見たセカンダリーマーケット

      3. VCファンドから見たセカンダリーマーケット

      4. 事業会社や金融機関から見たセカンダリーマーケット

      5. PEファンドやグロースエクイティなどから見たセカンダリーマーケット

      6. 専門家から見たセカンダリーマーケット

      7. グローバルのセカンダリーマーケット動向(前編後編


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      スタートアップがセカンダリーマーケットと向き合う際には、以下の3つの視点から考えることが重要です。

      1. 経営者の視点:資本政策の最適化

      2. 人事の視点:ストックオプションの効果最大化

      3. バックオフィスの視点:譲渡承認請求への対応と取引の円滑な実行

      それぞれについて詳しく見ていきましょう。


      1. 経営者の視点

      (写真:「【スタートアップ限定!】スタートアップとセカンダリーマーケット 〜「ミックスディール」のリアル〜」(2025年9月29日)より)

      セカンダリー取引を活用した「攻め」の資本政策

      これまでのスタートアップ経営者のセカンダリーに対する姿勢は、誤解を恐れずにいうと「後手」に回ることが多い傾向があります。既存株主の売却ニーズが顕在化した後(ひどい場合では買い手が決まってしまった後)になって初めてセカンダリーの話が持ち込まれ、経営者が慌てて対応するといった対応が多く見られました。

      さらに、スタートアップが独自に買い手を見つける手段も限定的であり、後述する「譲渡承認請求の落とし穴」もあることから、結果として必ずしも望ましくない株主に株式が渡ってしまうケースも発生していました。

      しかし、セカンダリーマーケットの創設により、この状況は大きく変わろうとしています。多様な買い手候補も現れつつあり、スタートアップの経営者は以下のような戦略的な選択肢が取れるようになりました。

      たとえば

      • 売却を希望する株主に対し、適切な売却機会を提供

      • 会社にとって望ましくない株主の退場を促す

      • より大きな事業シナジーが期待できる投資家の迎え入れ

      • クロスオーバー投資家など長期保有志向の投資家の迎え入れ

      などが挙げられます。

      後編で解説した通り、VCのファンド満期や事業会社の戦略見直しといった既存株主の売却ニーズには一定のパターンがあり、十分に予測可能です。重要なのは、売却ニーズが顕在化してから慌てて対応するのではなく、事前に把握し、能動的に資本政策の一環としてセカンダリー取引を組み込むことです。

      ミックスディール:三方よしのセカンダリー活用法

      <ミックスディールの概要>

      特に経営者の視点で注目すべきセカンダリー取引の活用方法として「ミックスディール」があります。これは、新株発行による資金調達(プライマリー取引)と既存株主の株式売却(セカンダリー取引)を同時に行う手法です。

      ミックスディールは以下2つの取引の合わせ技です。

      • プライマリー取引

        スタートアップは新株を発行し、新規投資家に割り当て

        投資家はスタートアップに払い込み

      • セカンダリー取引

        既存株主は保有株式を新規投資家に売却

        投資家は既存株主に払い込み

      ミックスディールの主なメリットは以下の通りです。

      • 売り手(既存株主):投資回収の機会を獲得

      • 買い手(新規投資家):プライマリー取引単体と比べて有利な条件で投資(※2)

      • 発行体(スタートアップ):成長資金の確保と望ましい株主構成の実現

      近年、ユニファやSmartHR、カケハシや10Xなど、多くの成長企業がミックスディールを活用しています。

      ※2:特に優先株式と普通株式が取引対象となった場合、未上場企業において普通株式は優先株式よりも低い価値で取引されるため、プライマリー取引単体の場合と比べて加重平均取得株価を下げることが可能となる。

      <ミックスディールの実務的な課題>

      ミックスディールは売り手・買い手・発行体にとって「三方よし」の解決策となり得るものの、実務上は高度な調整が求められる複雑な取引です。特に以下のような課題が存在します。

      1.利害関係者間の複雑な綱引き

      ミックスディールでは、希薄化を抑えつつニューマネーを調達したいスタートアップ、なるべく高い価格での売却を実現したい既存株主、なるべく良い条件(安い価格等)で投資したい新規投資家という、異なる利害を持つ当事者間での綱引きが発生します。こうした要求を同時に満たす最適解を見つけることは、決して簡単ではありません。

      2.異なる性質の取引を同時に進行する難しさ

      プライマリー取引とセカンダリー取引を同時に進行することで、それぞれの契約条件の確認やスケジュール管理、各種承認プロセスが複雑となります(複数の種類株式が対象となる場合は、さらに負担が大きくなります)。それぞれの取引に必要な合意形成や手続きを遅滞なく、整合性を保って実行するプロジェクトマネジメント能力が不可欠です。

      3.複数の種類株式の価格設定の困難さ

      ミックスディールを実行するスタートアップでは、通常、複数の種類株式が発行されています。これらの種類株式の間には、株主が持つ権利に応じて理論的に価格差が存在しますが、各種類株式の適正な株価を算出し、取引の当事者に合理的に説明することは容易ではありません。

      4.ディールストラクチャーの構築と合意形成の難しさ

      複数の売り手(既存株主)と複数の買い手(新規投資家)が存在する場合、どの売り手の株式をどの買い手に売却するかの組み合わせは無数に存在します。売り手の売却ニーズと今後の見通し、買い手の投資条件や期待するシナジー、価格等を総合的に勘案し、発行体にとって望ましい株主構成を実現する組み合わせを見つけ、合意形成することは、パズルを解くような高度な調整作業となります。

      こうした課題を適切に解決するためには、綿密な準備と実行、豊富な経験を持つ専門家のサポート、そして関係者間の信頼関係の構築が不可欠です。

      資本政策の観点からセカンダリー取引をより深く理解したい方は、株式会社スマートラウンド代表の砂川によるnote「スタートアップのセカンダリー:経営者が知っておくべき資本政策的視点」をご参照ください。


      2. 人事の視点

      株式報酬と未上場株式セカンダリーマーケット

      スタートアップにおいて、セカンダリーマーケットを活用して株式報酬の効果を最大化することは、優秀な人材の採用と定着を実現するための重要な戦略となっています。

      株式報酬とは、企業が従業員に対して現金ではなく自社の株式や新株予約権などを付与する報酬制度です。スタートアップにおいては株式報酬の設計時にストックオプション(SO)制度を導入することが一般的です。

      SOは、保有者がSOを行使して得た株式を売却しない限り、現金化することはできません。住宅購入や子どもの教育といった大きな支出を伴うライフイベントが発生した際に、SOを大量に保有しているキーマンであっても、経済的な事情で離職を検討するケースも発生しています。

      セカンダリー取引によって保有するSOを行使し、得た株式を一部現金化できるようになれば、スタートアップにおける優秀な人材の採用と定着に大きく貢献します。このような株式報酬を持つ役職員による売却は、多くの場合、スタートアップ(発行体)が主導して計画的に売却機会を提供する「テンダーオファー」を通じて実施されることになります(参考:セカンダリー取引の種別)。

      米国と日本の現状

      米国では、この「テンダーオファー」による役職員の株式売却が急増しています。Nasdaq Private Marketによると、スタートアップのテンダーオファーの需要は非常に高く、同社は2025年に100億ドルの取引を見込んでいると発表しています(前年比53%増※3)。

      Nasdaq Private Marketが2025年5月27日に開催したウェビナー「Understanding the Secondary Market and Tender Offers」において、以下のような米国のテンダーオファーのプロセスが紹介されています。

      1.発行体によるプログラムの設定

      ・売却対象者や売却数量、価格や実施期間などの条件を検討する
      ・買い手を検討する(発行体の自社株買い、または外部の買い手を探す)
      ・買い手向けの開示書類を整備する

      2.マッチング

      ・通常20営業日にわたって募集する
      ・役職員などの既存株主に対して説明会を実施し、売却意向を確認して必要書類を収集する

      3.決済

      ・必要資金を算出し、送金する
      ・税務申告などを行う

      一方、日本ではテンダーオファーによる売却の実例はまだそれほど多くありません。その要因として、日本では最近まで税制適格SOを上場前に行使することは現実的に困難だったという事情があります。令和6年度税制改正で税制適格SOの保管委託要件が撤廃されたことで(参考)、ようやく上場前の行使が可能となりました。

      ただし、税制は改正されたものの、全スタートアップがIPO前に行使できる税制適格SOを発行しているわけではなく、発行済みの税制適格SOをIPO前に行使できるように修正しているわけでもありません。

      また、税制改正後に最速で税制適格SOの発行や既存の税制適格SOの修正を行った場合であっても、4年のベスティングがついている場合は現時点で1/4しか権利確定していないことになります。

      このような状況から、現在の日本では税制適格SOを行使してセカンダリーマーケットで売却できる役職員は限られているのが実情です。

      テンダーオファーによる売却機会の提供は、株式報酬のインセンティブ効果を高めてスタートアップへの優秀な人材の流入を促すための起爆剤となりうるものであり、日本においても中長期的には必ず実現すべきテーマです。

      ただし、大前提として上場前に行使できる税制適格SOの導入が必要となります。また、テンダーオファー自体も発行体にとっても負担の大きいプロセスであり、日本でのベストプラクティスも定まっていないことから、豊富な知見と買い手のネットワークを有する専門家の支援を受けつつ進めていく必要があります。

      ※3:NPM Capital Markets. (2025, May 23). Startup employee stock sales set to surge as many IPOs languish. Capital Markets Weekly Newsletter.


      3. バックオフィスの視点

      ここまで、スタートアップが直接的にセカンダリー取引の当事者となる場面を見てきました。これに加え、他の当事者が株式を譲渡する際に、スタートアップのバックオフィス部門がルールに基づいて利害関係の調整や手続きの実行を行うことも重要です。

      セカンダリー取引の手続きで注意が必要なのは、株式の譲渡承認です。後編で述べた通り、多くの未上場企業では定款で株式の譲渡制限を定めているため、スタートアップはセカンダリー取引の可否を決定する重要な権限を有しています。

      譲渡承認のプロセスと「拒否できない」リスク

      会社法条の譲渡承認のプロセスは、まず売り手または買い手による譲渡承認請求から始まります(会社法136条、137条)。会社は請求を受けてから2週間以内に承認・不承認の通知を行う必要があります(会社法145条)。承認を拒否した場合、会社は40日以内に自社で買い取るか(会社法141条145条)、10日以内に代わりとなる買い手を指定(会社法142条、145条)しなければなりません(※4)。

      しかし、スタートアップの実務においては深刻な問題が生じます。会社による自社株買いには財源規制(会社法461条)が適用され、分配可能額を超えて株式を取得することができません。多くのスタートアップは資本剰余金や利益剰余金が少なく、自社株買いができないケースも多いのが実情です。

      また、代わりとなる買い手を承認を拒否してから10日という極めて短期間で見つけることも現実的ではありません。これらの手続きを期限内に履行できなかった場合、会社は譲渡を承認したものとみなされ、結果としてスタートアップが望まない譲渡であっても成立してしまいます。

      つまり、スタートアップは「譲渡承認請求を拒否できず、望まない株主が入ってくるリスクに常にさらされている」という状況に置かれています。

      <参考:会社法上の譲渡承認請求フロー>

      また、会社法上の譲渡承認請求に加え、投資契約書や株主間契約書には譲渡の禁止や制限、および譲渡時の承認や通知が定められています。スタートアップのバックオフィス部門は、こうした会社法上および契約上のルールを理解したうえで、セカンダリー取引に必要な手続きを遅滞なく実行する必要があります。

      ※4: 東京大学IPC「譲渡制限株式とは?ポイントと譲渡の流れ、注意点をわかりやすく解説」2022年9月7日

      望まない譲渡を防ぐために

      先述の会社法上の譲渡承認のリスクがあることから、スタートアップは望ましい株主構成を維持するために、能動的にセカンダリー取引をマネジメントしていくことが重要です。

      具体的には、潜在的な売り手となる既存株主との日常的なコミュニケーションを通じて売却意向の有無を定期的に把握し、売却意向がある場合は発行体としても適切な買い手を探すためにサポートすることが求められます。また、複雑な利害調整が必要な場合は、経験豊富な専門家の支援を受けることも重要な選択肢となります。


      まとめ

      スタートアップにとって、セカンダリーマーケットは単なる既存株主の売買の場ではなく、資本政策や人事、ガバナンスといった経営課題に直結する重要なテーマです。能動的にセカンダリー取引を活用することでリスクを減らし、自社の成長につなげていく姿勢が求められます。

      次回の連載では、VCファンドから見たセカンダリーマーケットについて詳しく解説する予定です。

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